ヤッタネ!通信4号  

2000年5月18日発行

ヤクタネゴヨウマツ調査隊事務局 手塚 賢至
〒891-4203 鹿児島県熊毛郡上屋久町一湊白川山 TEL&FAX0997-44-2965

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京都大学生態学研究センター 湯本 貴和

 2月19日、小雨の降るなか、屋久島空港に降り立った。この季節の屋久島は何年ぶりだろう。折りからの南風で、ほんのり暖かい。今年の滋賀は雪が多く、朝、発った大津が一面の雪景色だったのがうそのようだ。アオモジの透きとおるような黄色の花がとても懐かしく感じられた。
 今回は「ヤッタネ!調査隊」の2月の定例調査に参加するためにやってきた。ヤクタネゴヨウの屋久島全数マッピングをめざす島内のボランティア活動である。ヤクタネゴヨウは、日本のレッドデータブックによると、長野・八ヶ岳周辺に特異的なヤツガタケトウヒ、ヒメバラモミ、ヒメマツハダと並び、針葉樹では4種だけある危急種のひとつである。屋久島と種子島のみに産し、すでに種子島では絶滅寸前という扱いになっている。
 1989年発行のレッドデータリスト「我が国における保護上重要な植物種の現状」では、IUCN(国際自然保護連合)の古い基準にしたがって絶滅危惧種は「保護対策が講じられなければ近い将来に絶滅すると考えられる種」、危急種とは「すぐに絶滅するおそれはないが、確実に絶滅危惧へと向かいつつある種」とされて、895種の植物が名を連ねている。保護上の問題として、約3分の1の種が生息地の破壊、約3分の1が乱獲、約3分の1が「もともと個体数が少ないから」となっている。
 屋久島にはシダ植物388種、種子植物1136種の自生が確認されている。日本に自生する植物の5分の1がこの小さな島に分布することになる。そのうち世界でここにしか産しない植物として、固有種47種、固有変種と亜種31種が確認されている。
 ヤクタネゴヨウ以外にも、レッドデータリストによると、屋久島固有種では、絶滅危惧種にシダ植物のシノブホングウシダが挙げられており、照葉樹林の伐採が主な原因とされている。また危急種には、照葉樹林の伐採が原因としてカワバタハチジョウシダ、もともと個体数が少ないものとしてホソバヌカイタチシダ、ヤクシマヒロハテンナンショウ、ヒメキツネノボタン、シャクナンガンピ、ヤクシマグミ、ヤクシマウスユキソウ、ヤクシマノギク、ヤクシマコウヤボウキ、ヤクシマリンドウが挙げられている。
 ヤクシマコウヤボウキについては、「最近、自生地の岸壁に観光目的の歩道・橋が建設されて、自生地の一部が破壊された」と、わざわざ注がついている。さらにヤクシマリンドウは「園芸用の盗掘によって減少しており、登山道沿いではほぼ絶滅した」と書かれている。
 現状不明種として、ヤクシマハマスゲ、マツゲカヤラン、ヒメクリソランの3種がある。ヤクシマハマスゲは低地湿地にかつて生育したが、低地の開発によって存在が確認されない。またランの2種は新種として記載されて以来、再発見されていないが、採集された場所は森林伐採が進んでいて、今ではすでに照葉樹林自体が存在しない。これらの種は、屋久島では絶滅してしまった可能性が高い。
 なお、カンアオイ類は、レッドデータリストに載ること自体が、乱獲を助長するということで実態すら報告されていない。
 また東アジアや東南アジアに分布するが、国内では屋久島にしか生育が知られていないものとして、オオバシシラン、コカゲラン(腐生ラン)が森林伐採によって、タイワンアオイランとキバナコクランが乱獲によって、絶滅危惧種となっている。キバナコクランについては、「最近、屋久島に生育することがわかったが、発見されたというニュースが流れたとたん、すぐ乱獲されほぼ絶滅した。」と浅ましい話がつけ加えられている。また、危急種としてヒモスギラン、コスギトウゲシバ、ヤクシマカナワラビ、タイヨウシダ、ジャコウシダの5種のシダ植物が、主に照葉樹林の伐採で数を減らしている。
 また海岸の岩場にある植物では、テンノウメという小低木が、盆栽用に採集されて行政的に規制しなければ遠からず絶滅する。屋久島とトカラ列島に固有のマルバサツキは乱獲で著しく減少して、屋久島にはほとんど大きな株はなくなってしまった、とされる。
 1994年にIUCNは「絶滅リスクの評価」という考え方を導入して新しい基準を設けた。ここでは、危機的絶滅寸前種、絶滅寸前種、危急種の3ランクを設ける。
 危機的絶滅寸前種は、1)10年又は3世代で20%未満に減少した、2)分布域が100kuまたは生息域が10ku未満、3)成熟個体が250個体未満、のいずれかが当てはまる種で10年または3世代で50%以上の確率で絶滅すると予測される。同様に、絶滅寸前種は、1)10年又は3世代で50%未満に減少した、2)分布域が5000kuまたは生息域が500ku未満、3)成熟個体が2500個体未満、のいずれかで、10年または3世代で20%以上の確率で絶滅、また、危急種は、1)10年又は3世代で80%未満に減少した、2)分布域が20000kuまたは生息域が2000ku未満、3)成熟個体が10000個体未満、のいずれかで、10年または3世代で10%以上の確率で絶滅する可能性ありとされている。この新しい基準にしたがった1997年の環境庁のレッドデータリストの改訂では、日本では7087種のシダ植物と種子植物のうち、1428種が「保護上重要な植物種」とされ、1989年の895種から大幅に増えている。この新しいリストは今年の夏までに出版されるはずである。
 長々と、絶滅に瀕した植物の話を書いてきた。これからわかるように、3分の1の絶滅に瀕した植物が、園芸マニアの乱獲のせいで個体数を減らしている。このことは植物を愛する者として無性に悲しいし、腹立たしいことでもある。レッドデータリストに載ることによって付加価値がついて値が上がって取り引きされるようになることもわかっていて、そうなると何のためのリストかと思えてくる。屋久島の高地にある固有種は、この意味で危険であり、うかつに実態調査などしようものなら、調査が悪用されて絶滅の確率を大幅に増しかねない。
 その意味で「ヤッタネ!調査隊」の活動は、変なほめ方だが、着想が非常に優れている。屋久島で絶滅の危機に瀕している植物の詳細な調査は、個体数を減らしている原因をつきとめるためにも不可欠である。しかし、園芸的に価値が生まれる植物では、別な理由で調査が難しい。その点、ヤクタネゴヨウなら、いまさら人目につかないように伐採するのは、ほぼ不可能だし、その材に付加価値がつくとも思えない。ヤクタネゴヨウは現在では、西部林道の国割岳の斜面に主に生育するために、調査は困難が予想されるが、全数マッピングとは豪気である。
 今回、わたしは卒業研究でヤクタネゴヨウの研究がしたいという神戸大学発達科学部3回生の久保智美さんと、卒業研究で保全生態学の何かがしたいという京都大学理学部3回生の辻野亮君と、屋久島で待ち合わせた。それに西部林道でサルの調査をしている京都大学大学院理学研究科の早石周平さんと堀内史朗さんが加わり、博多から九州大学大学院農学研究科の金谷整一さんが駆けつけて、2月の「ヤッタネ!調査隊」の定例会は、はからずも学生、大学院生(の親分もいたが)が目立つことになった。
 2月20日の日曜日は、昨日の南風から北西風に変わり、寒い日となった。調査はヤクタネゴヨウの生えている稜線沿いに進むので、北西風がまともに当たって寒い。やや強い風のなか、前回の測量地点を延長して、ヤクタネゴヨウの位置の測量、樹高、胸高直径の測定などを進めていった。直径2mの木となると、ほれぼれするぐらい見事である。久保さんは屋久島3回目、辻野君は初めてだが、屋久島歴14年のわたしでさえ、こんな立派なヤクタネゴヨウをみたことはなかったし、こんな足場の悪い尾根を延々と登ったことはなかった。
 調査のポイントのひとつは、実生と稚樹の生育状況である。わたしは初めてヤクタネゴヨウの実生をみた。こんな大きくて美しいものとは思っていなかった。ヤクタネゴヨウの大木のあるまわりに実生はちらほらと見掛けられた。しかし、高さ1〜2mの稚樹は、ごく少ない。また、10月に小さなくいで位置を記録してあったという実生が、あとかたもなく消えていた。枯れたのであれば、残骸が残っているはずであろう。消えたということは、シカに食われた可能性が高い。実際に日光や大台ヶ原ではシカによって、樹木の実生が喰われつくして、森林更新が危ぶまれている。とくに大台ヶ原ではモミやツガなどの針葉樹の実生がシカの被害にあっているので、ヤクタネゴヨウが喰われていても不思議はない。屋久島・西部林道の照葉樹林でもシカによって喰われるせいか、やけに実生が少ない林になっている。これはシカ除けの柵をつくって、詳しく実験してみる必要がある。

 1月に「ヤッタネ!調査隊」は種子島調査を敢行されたという。この結果を聞いて、わたしは少なからず驚いた。屋久島ではヤクタネゴヨウは、急峻な尾根にしか生えない。岩を抱くような状態で生育していることも多い。これが本来の姿であろうと、わたしは想像していた。しかし、種子島では斜面や谷、平坦地にもヤクタネゴヨウが生えているという。このことは、西部林道でも、かつては斜面や谷にもヤクタネゴヨウが生えていたが、人間によって伐採の容易な斜面部や谷では伐られてしまった、という考えを導く。もしそうなら、屋久島でのヤクタネゴヨウの生育地のイメージを完全に変え、保護計画の策定にも大きく関係する。たしかにヤクタネゴヨウに近縁とされ、台湾の標高2300〜3350mに生育するとされるタカネゴヨウは、「ベニヒ(紅檜)、タイワンツガ、ニイタカトドマツの森林に混生して、純林をなさない」とあるだけで、特に地形に好みがあるようには書かれていない。
 まだまだヤクタネゴヨウには、知られていないことが多い。「ヤッタネ!調査隊」のヤクタネゴヨウの調査は、屋久島でのヤクタネゴヨウの実態を詳細に記録するだけではなく、このような長寿命の樹木がなぜ絶滅に陥るかを知る鍵が必ず得られるであろうと、わたしは確信している。
 久しぶりに屋久島の山で汗をかいたわたしは2晩にわたる焼酎の痛飲にもかかわらず、帰宅すると体脂肪計が5年前の値に戻っていたことを告白しておく。


2月〜4月
調査あれやこれや
     1月に種子島の鴻峰小学校の校長先生からいただいた実生はすくすくと育って新しい芽が伸びています。

2月20日(日)〔参加11名〕★1P〜3P湯本報告も参照下さい。
 朝8時集合。森にはいる。2班に分かれて測量調査開始。昼合流する。神戸大学生・久保さん、京都大学生・辻野さんは湯本先生から実地に植物学実習を受けつつ。御両人共、これから屋久島をフィールドとして勉強を始める。急傾斜地で大変難儀する。700mにもなると、スギ、ツガの大木も現われて、森の姿の移り変りもたのしめる。

3月19日(日)〔参加12名〕★調査と金谷さんの就職祝い、送別会。
 種子島より長野広美さんと友人の立林和子さん、鹿児島より金谷さんの後輩で県職員の川口エリ子さん、それに京大霊研ステーション及び猿小屋に滞在中の学生、若手研究者の皆さんも大勢参加。しかし雨である。午後回復の見通しなので永田のステーションで昼食後、西部の現地へ。夕方まで調査して、安房の春牧福祉館へ移動し、大親睦会を行う。当日参加できなかった隊員も一緒ににぎやかに。種子島調査行のスライド上映も有る。また、屋久町議の羽生弘訓さん、作家で丸木舟に興味を持つ星川淳さんの出席もあり話がはずむ。

4月3日・4日
 神戸大学の久保智美さん(2月に参加)が先生の武田義明さん、先輩の高比良響さん、豊木麻由さんと調査に来島。武田さんの指導を受け、ヤクタネゴヨウ自生地周辺の植生等を卒論にまとめる予定という。乞御期待。山桜が森をいろどる季節。

4月16日(日)〔参加11名〕
 A尾根、B尾根の間にある小さな尾根と沢のあたりにたくさんの若木が見つかる。しかしここは又、又、大変な急傾斜面地域で岩場をはい登る様相を呈す。こうなると落石を起こさぬよう、もちろん我が身もすべり落ちぬよう注意が必要。この日は手塚家の小学生も参加。身が軽いので先行して木を発見してまわる。すがすがしい好天の中サクラツツジ見ながら昼食。初参加の漁師、丹羽央岳さん、慣れぬ山に仕事内容。終了後へとへとになったが「次回、来月も必ず参加します!」とやる気でたのもしい。

4月25日
 森林総合研究所生態遺伝研究室の島田健一さんが来島。研究室でここ数年続けられている生態的、遺伝的調査の一環で、今回は開花調査。宮之浦の森林環境保全センター大森貢さんと森をめぐり、ヤクタネゴヨウの花を見つけんとすれども時期が早すぎたようで一旦退去。島田さんは前日24日は種子島で調査と、大切なお役目。総研で育てた苗を地元にお返ししたいと、西之表市役所を訪ね、農林水産課長の今村義行さん、係長奈尾正友さんとお会いした。西之表市では整備中の公園内にヤクタネゴヨウの森を作る計画で、そこにこの秋、研究所で育苗した苗を寄贈されることになった。ヤクタネゴヨウの森を蘇らせる一歩です。そして雪辱を期して、5月6・7日、森林総研より金指あや子さんが開花調査に。これは次号に報告。ヤクタネゴヨウが生きていくことの困難の一端がそこに見てとれました。

風媒花伝
お知らせ・情報・風のたより

公開シンポジウム
∽∽∽∽∽∽∽∽大陸から飛来する大気汚染物質と天然林衰退の現状∽∽∽∽∽∽∽∽

 広島大学森林衰退研究センターが中心となって取り組む「森林衰退にかかわる大気汚染物質の計測、動態、制御に関する研究」の公開シンポジウムが屋久島で開催されます。
 開催趣旨によると──世界各国において大気汚染物質による森林の衰退被害が顕在化している。大都市や大工業地域に隣接することのない離島においても遠距離にわたって汚染物質が輸送されてきていることが判明しており、屋久島においてもこれらの汚染物質による植生に対する多大な影響が生じている可能性が強い。世界自然遺産に指定されている屋久島はヤクタネゴヨウをはじめとする固有植物の宝庫であり、人間活動による生物相に対する影響について、現状を把握し今後の対策を検討することは重要である──今回のシンポジウムでは本プロジェクトの背景、進行状況そして成果を屋久島現地で幅広く公開する。

日   程
6月21日(水) 安房 グリーンホテル
16:30〜 プレシンポ この場で研究紹介として
  金谷 整一 研究発表
  手塚 賢至 「ヤッタネ!調査隊」活動報告
6月22日(木) 安房 環境文化研修センター視聴覚室
15:00〜 T台湾・韓国における遠距離由来物質と森林衰退の事例
19:00〜 U屋久島における汚染物質の計測・動態・植生影響

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屋久島の雑誌「生命の島」最新号52号の紹介

 今号より連載が始まった〔屋久島自然系〕その1に「絶滅の危機にあるヤクタネゴヨウ」として金谷整一さんが自らの研究成果を簡略に発表。ヤクタネゴヨウ入門に最適です。ぜひ御一読を。その中に──現在行っている活動内容──としてヤッタネ!調査のあらましとその意義にも触れてあります。その一節「絶滅危惧種の保全活動を行っていくには、研究機関や行政機関の働きだけでなく、地元住民の方々の理解と協力が必要不可欠である。今後、すべての関係者が一致団結して、ヤクタネゴヨウの保全活動が一層充実することと『ヤッタネ!調査隊』の活動が我が国における樹木の保全活動のモデルとして発展することを切に願う」─略─。私たちはともかく一歩一歩を重ねていきましょう。

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《編集後悔記》

 又しても日々の移ろいを嘆かねばならない。前号、3号は2月15日発行であるから3ヶ月振りの発行。2月の調査に参加した湯本貴和さんには原稿依頼後DIWPA(西太平洋・アジア生物多様性国際ネットワーク)の仕事でオーストラリアに出発前の忙しいあい間をぬって入稿してもらっていたのがやっと陽の目を見る。湯本さんは講談社・ブルーバックス版「屋久島」でおなじみの人も多いだろう。昨年は岩波新書より「熱帯雨林」が上梓された。好評のようでなによりである。毎月毎号通信を出すこともあわただしくて大変だが、3ヶ月をまとめるとなると、このことだけに専念しているわけではないので記憶をたどらねばならぬからやっかいだ。今号は文章中心になってしまった。写真を入れたいのだがリバーサル(スライド用)で写したものをプリントするとなると値がはるので、すでに助成金が底付き状態ではプリントもままならぬのである。実のところ、あからさまなところ、資金的にはとてもキビシーのだ。現在、全労済の「環境問題活動助成」の継続申請中であるが、決定は6月であって、もし決定が決まっても資金は8月より給付される。どちらにしても、今のままでふんばるしかない。次号は森林総合研究所生態遺伝研究室の金指あや子さんに巻頭文を依頼した。5月のはじめ金指さんのヤクタネゴヨウ開花調査に同行して初めてヤクタネゴヨウの花を観ることができた。心震える心地がした。詳しい報告は又次号。──手塚 賢至──

ヤッタネ!調査隊は「全労済」環境問題活動助成を受けています。



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 このページは「ヤッタネ!通信4号(A3サイズ印刷物)」をもとに編集したものです。写真、図、イラスト等は割愛させていただきました。印刷物の入手につきましてはメール等にてお問い合わせください。

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