ヤッタネ!通信5号  

2000年12月12日発行

ヤクタネゴヨウマツ調査隊事務局 手塚 賢至
〒891-4203 鹿児島県熊毛郡上屋久町一湊白川山 TEL&FAX0997-44-2965

∽∽∽∽∽∽∽ヤクタネゴヨウの種子のこと ──稔性の悪さとその原因──∽∽∽∽∽∽∽

森林総研 生態遺伝研究室 金指 あや子(かなざし あやこ)

 貴重な生物を維持するためには、生き残ったわずかな個体を守るだけではなく、次世代の更新を保障しなくてはならないことは、トキの例を挙げるまでもないことです。屋久島と種子島にしか分布していない貴重なヤクタネゴヨウについても同様です。その保全のためには、自然状態で健全な次世代を更新できるかどうかが重要な鍵です。しかし、そのヤクタネゴヨウの天然更新を阻害する大きな要因のひとつとして、「種子の稔性の悪さ」が指摘されています。今回は、なぜヤクタネゴヨウの種子の出来が悪いのか、またその原因について、特に種子島の個体を中心に私達が行った人工交配試験を通して、これまでに判ったことを紹介させていただきます。

*マツの種子
 マツ類の種子は、大きく分けると、「充実種子」と「シイナ」の2種類があります。「充実種子」は、胚がちゃんと発達した発芽能力のある健全な種子です。一方「シイナ」は、外側の種子だけが通常の種子の大きさ程度にまで発達しますが、胚が形成されず、中身がカラのものをいいます。本来「種子」は「充実種子」と同義で、「シイナ」とは区別されるものですが、マツ類の場合、一見してシイナと普通の健全な充実種子との見分けがつきにくいことが多いので、このようなシイナも含めていわゆる種子の大きさまで発達した粒をまとめて「種子」と呼んでいます。

*種子の稔性:充実種子率
 さて、種子の稔性を示す一つの尺度として「充実種子率」があります。マツ類では普通、1つの球果に40〜60個の種子ができますが、1つの球果の中にできた種子の中で、シイナも含めた全ての種子の数に対する充実種子の数の割合を「球果あたりの充実種子率」といいます。以下「充実種子率とあるのは、すべて球果あたりの充実種子率を平均した値を指します。
 他家受粉(遺伝的に別の木の花粉が受粉すること)が十分に行われたときには、充実種子率はマツ類では、通常70%以上に達します。アカマツ採種園の例では、平均充実種子率が94%という報告もあります。これに対し、自家受粉(自分の雄花で生産された花粉が同じ個体の雌花と受粉すること)が多いと、球果の中でできる種子がシイナとなる割合が明らかに増えます。
 ヤクタネゴヨウの充実種子率をみてみると、自然状態では非常に低い値を示すものが多く見られます(図1)。そこで、人工交配により、充実種子率がどれだけ回復できるか調べました。その結果を図2に示します。

*人工交配の結果
 母樹A〜Cは、孤立状態で生育している個体です。人工交配の結果、他家受粉による球果はいずれも自然受粉によるものと比較して高い充実種子率を示しました。このことから、自然状態で種子稔性が非常に低いのは、他家受粉が十分に受粉されていないためであることがわかります。また、母樹Bでは自家受粉の人工交配も行いましたが、自家受粉後の充実種子率は自然受粉の充実種子率とほとんど一致しました。このことから、自然状態で得られた充実種子の多くは自家受粉に由来すると考えることができます。
 ここで注意していただきたいのは、この例からも判るように、自家受粉をした場合でも、その結果できた種子の全てがシイナになる訳ではないということです。完全に自家受粉をした場合、どの程度シイナができるかは、その木がもともと保有している致死遺伝子の量によって遺伝的に異なります。アカマツでは、完全自家受粉の場合、個体によって充実種子率は10〜70%程度までばらつくという報告があります。自家受粉で充実種子率が70%というのは、かなり例外的な場合で、一般には20〜30%程度であることが多いようです。ヤクタネゴヨウの場合も、自然状態で「充実種子が少ないけれどできた!」という場合がよくみられますが、それは自家受粉由来の種子である恐れが多分にあると考えられます。そのような自殖種子は、発芽はしてもその後の発育段階で近交弱勢が働く可能性が高く、決して望ましい状態とはいえません。
 なお、母樹Dは川沿いに10数mおきに5本の個体が生育しているもののうちの1個体ですが、母樹Dの人工交配結果も孤立木の母樹A〜Cと全く同様でした。これは、この程度の距離では、隣接木からの花粉が十分に届いていないことを示しています。マツのような風媒性の樹木は、集団としてある程度まとまった密度がないと十分な他家受粉は行われないことが、この例からもうかがえます。

*ヤクタネゴヨウを守るために
 今回ご紹介した結果などから、すでにほとんどの個体が孤立状態になっている種子島では、自然状態では健全な種子の生産は期待できず、現存個体を保存するだけでは、ヤクタネゴヨウを絶滅の危機から救うことは難しいことが判ります。これ以上枯損が進行しないうちになるべく多くの親個体としてのクローン苗を確保し、これを材料として互いに十分な花粉が受粉できるようなヤクタネゴヨウの採種園などを造成すれば、そこで稔性の高い種子の生産が可能になります。このような人為的な管理を行わない限り、残念ながら種子島のヤクタネゴヨウを維持する道はないといえます。
 一方、まだ孤立化が厳しくない屋久島の集団でも、種子の生産は十分ではなく、枯損による個体数の減少が心配されています。枯損原因を究明するとともに、繁殖と天然更新の実態を明らかにすることが望まれます。そのためには、最も基礎的な残存個体数とその分布状態を把握することは、大変重要で意義のある仕事です。ヤッタネ調査隊のご活躍には敬意を表すると共に、今後のご活躍をお祈りする次第です。


ヤクタネゴヨウの保護・増殖
国の取り組み本格的に始まる

 7月25日、熊本市の林野庁九州森林管理局において「第一回ヤクタネゴヨウ増殖・復元緊急対策事業検討委員会(座長:山本千秋{森林総合研究所生物機能開発部長})が開かれました。この事業は社団法人林木育種協会が九州森林管理局からの受託をうけて行なうものです。実施期間は5年間。この委員会には種子島・屋久島からも委員が出席し(ヤッタネ!調査隊の手塚も委員)山本座長進行のもとで、まず林木育種協会の塩崎理事長から事業の趣旨説明があった後、内容についての検討と議論が活発にかわされました。事業内容の中心が接ぎ木による増殖・復元ということもあって特にこの点への問題点と基本的な姿勢に議論が集中しました。この席に森林総合研究所の集団遺伝研究室及び生態遺伝研究室から事業に関する参考資料も提出され研究現場からより良き方向付けへの指針が示されました。いかに絶滅危惧種とはいえども、特に屋久島の最大自生地は国立公園内の特別保護地区や特別地域、そして世界自然遺産登録地にも含まれていますので慎重な上にも慎重な対処が必要なことは言うまでもありません。また種子島と屋久島ではヤクタネゴヨウの現状が異なりより緊急度の高い種子島へ重点をおくべき等々、大切な問題提起がなされました。ともあれ国による本格的な取り組みがスタートするのです。この事業の真価は座長が最後にまとめられた「皆が本当によかったと思える事業にしていきましょう」との言葉に言い尽されていると思う。ヤッタネ!調査隊も協力を惜しまぬつもりです。委員会での議論や事業の展開を今後もこの通信でお伝えしていきます。


ヤッタネ!調査隊
1年間の活動報告まとまる
(1999年9月〜2000年7月)

 10月、助成をいただいている全労済へ1年間の活動報告を提出しました。本文36ページ、付属資料まで入れると60ページを越えるもので、これまでの調査データをもとに大部分を金谷整一さんがまとめてくれました。その中から2つの図表でこれまでの私達の足どりをたどってみます。この図表で全体のあらましが把握できる思います。
 99年9月26日の第1回調査から今年7月16日の第14回目の調査まで参加者はのべ136名。調査に参加された皆々様本当に御苦労様でした。上の図は「ヤクタネゴヨウ生存個体の分布位置図」です。場所は島の西部、国割岳(1323m)の西斜面、川原から栗生方面に向かう地点です。わかりやすく西部林道(県道)も記入しました。これまでに4つの尾根とヒズクシ峰を踏破し、現在(11月まで)5つ目の尾根D尾根へ足を延ばしています。
 これまで14回の調査で成木195本が確認されていますが、その後調査地域も広がり11月現在、斜線で示したC尾根上部とD尾根までふくめて230本が確認されています。ただ確認されているだけでなく測量しつつ進行していきますから一本一本の位置がほぼ正確に地図上に明確にされ、もちろん一個体ずつの胸高直径、樹高のデータもきちんととってあります。下の表は調査日と参加者数、測量(調査)範囲。これは上図の(m)と合わせて見て下さい。それぞれの積算された数字がヤッタネ!調査隊への参加者ひとりひとりが体現してきた無償の行為のたまものです。これまで1年間取り組んできたこの地域はとても急峻な地形です。尾根と深い沢がつらなり岩場も多く、時として進路をはばまれることもありました。本当に大変な調査活動をかってでて下さったたくさんのボランティアの皆さんに頭がさがります。昨年「ヤッタネ!通信第1号」に「─あるひとつの種の絶滅という主題のもとにヒトがそれぞれの持ち場でそれぞれの壁を打ちはらい純粋に行動を起こすとき、未来はいくらか明るい兆しを見せてくれるのではないか。ヤクタネゴヨウが今は無きものとして昔語りの中に生きるのではなく、その力強く、美しい姿をいつまでもこの地上にとどめておけますように。」とささやかな願いとして記したことが、今、民・官・学の共働関係の中で現実化へ歩みだしているのです。これからの一歩が大切だと改めて思います。

★報告書ご希望の方は事務局まで連絡下さい。

調査
回数
調査年月日 調査
参加者
調査
班数
測量(調査)範囲(m) 確認されたヤクタ
ネゴヨウの個体数
測定距離 水平距離 調査標高 成木 稚幼樹 切り株
平成11年
(1999)
9月26日 16 1 435.20 369.71 169.11 8 3 2
10月17日 10 1 367.20 299.05 186.61 22 8 1
11月21日 14 2 921.65 805.89 422.29 9 4  
12月14日 6 1         41  
12月19日 14 2 976.80 868.33 348.53 14 12  
12月27日 8 1       1 39  
平成12年
(2000)
1月30日 6 1 237.20 196.58 126.96 22    
2月20日 11 2 227.20 203.66 39.30 31    
2月21日 3 1 176.00 164.65 53.20 2    
10 3月19日 12 1 116.30 110.74 16.80 1    
11 4月16日 11 1 256.50 224.43 82.51 25 11  
12 5月21日 11 2 555.70 486.58 124.74 47 18  
13 6月23日 5 1 152.90 142.06 29.66 3    
14 7月16日 9 1 508.60 443.72 161.30 10 3  
合計 136   4931.25 4315.41 1761.01 195 139 3
測定距離  測量を行った測量杭間の距離を積算した値
水平距離  測量杭間の距離を水平距離に換算した後に積算した値
調査標高  測量杭間の標高差を積算した値
成木  樹高2.0m以上の個体
稚幼樹  樹高2.0m未満の個体
   調査参加者の合計は延べ人数

風媒花伝
お知らせ・情報・風のたより

前号4号は5月の発行。以後6ヶ月のブランクができてしまいました。おもなできごとを……

ヤッタネ!調査
5月21日・11名(ヒズクシ、B尾根)
6月23日・6名(B尾根)
7月16日・9名(C尾根)
8月10日・23名(C尾根)ヤクザル調査隊(好廣眞一隊長)と合同調査 夜交流会(一湊白川山)
8月20日・10名(C尾根)
10月23日・9名(C尾根)
11月19日・19名(C・D尾根)


公開シンポジウム
「大陸から飛来する大気汚染物質と天然林衰退の現状」
(主催:科学技術振興事業団、森林衰退研究センター)
6月21日 プレシンポ(安房・グリーンホテル)
「ヤクタネゴヨウを知ろう」
金谷整一「絶滅危惧種ヤクタネゴヨウの分布状況と個体数減少について」
手塚賢至「ヤッタネ!調査隊の活動報告」
6月22日 公開シンポジウム(安房・環境文化研修センター)
金谷、手塚、コメンテーターとして出席

◎増殖へのとりくみ
9月25日・26日現地説明会開かれる
 先の(7月)検討委員会をふまえて、9月25日西之表市、26日屋久町(安房・屋久島森林管理署)にて、現地説明会が開かれました。会には主催者の林木育種協会はじめ、森林総合研究所集団遺伝研究室(吉丸博、金谷整一)、鹿児島大学農学部(吉良今朝芳教授)等の研究機関からも出席があり、地元両町の行政関係者、関連する林野庁、環境庁の担当者、ヤッタネ!調査隊からも3名参加し、事業説明の後、意見交換がなされました。

◎保全研究
森林総合研究所では
 環境庁の研究費により「屋久島森林生態系における固有樹種と遺伝子多様性の保全に関する研究」と題するプロジェクトを実施する。この中でヤクタネゴヨウの保全に関する基礎研究を行います。

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《編集後悔記》

 又しても日々の移ろいを嘆かねばならない。前号、3号は2月 とうとう半年も通信を出せずじまいだった。あれもあり、これもありと身辺あわただしく相変わらずのドタバタだから仕方がないとの言い訳は立たぬ。まずは早々に原稿をいただいていた金指さんには伏してあやまろう。左が金指あや子さん。今年5月、開花調査の折の写真。双眼鏡にて開花の様子をしっかと見すえておられる。ヤクタネゴヨウの未来はいかが映っているだろうか。フィールドで生き生きしている人の姿は清々しい。巻頭文、素人にはわかりにくい分野の話への理解の手を差しのべてもらった。一度ならずと再読すればヤクタネゴヨウの今の有様が理解していただけると思う。8月10日は好廣さん率いるヤクザル調査隊の面々が自分達の調査を終えた疲れもものとせずはせ参じてくれてうれしかった。1989年から10年来続くこの調査隊はヤクザルの個体数を調べるという難題を根気強く継続している伝統あるグループである。ヤッタネ!の活動をイメージするときの母体ともなった。なにしろこの山岳島で動きまわる動物の全頭を調べようとし、実際に行っている先達がいるのだ。立って動かぬ樹木の千や二千調査できぬわけがないと単純に計ってしまったのはちと軽率だったと今にして思うことではあるが。
 次号は来春3月あたりに。佳い年でありますように。──手塚 賢至──

ヤッタネ!調査隊は「全労済」環境問題活動助成を受けています。



ウェブマスターより
 このページは「ヤッタネ!通信5号(A3サイズ印刷物)」をもとに編集したものです。写真、図、イラスト等は割愛させていただきました。印刷物の入手につきましてはメール等にてお問い合わせください。

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