ヤッタネ!通信7号  

2002年12月10日発行

ヤクタネゴヨウマツ調査隊事務局手塚 賢至
〒891-4203 鹿児島県熊毛郡上屋久町一湊白川山 TEL&FAX0997-44-2965

“冬に大陸からやってくる大気汚染物質がヤクタネゴヨウに及ぼしている影響の研究”にはまるまで

九州大学農学研究院 森林資源科学部門 久米 篤(くめ あつし)

 私が最初に屋久島へ来たのは大学1年の夏休みで、早稲田大学生物同好会の植物班員として大きなキスリングに三脚を縛り付け、1ヶ月ほど島の中を上がったり下がったりうろうろし、ひたすら島の写真を撮っていました。写真による自然表現を極めたいと結構まじめに考えていたのです。いくつもの台風に見舞われ、テントを飛ばされ、公民館に避難したり、屋久島山岳会のメンバーと夜を徹して馬鹿騒ぎをしたり(長井三郎さんには大変お世話になりました)、まだ尖っていたころの日下田紀三さんに写真を見せてもらったりしました。私にとっては非常に刺激的な1ヶ月で、その後の方向に大きな影響を及ぼすことになりました。
 そして、あっという間に10年が過ぎ、私は写真ではなく論文で自然を表現するという一大方針転換をして、雪国のユキツバキやヒメアオキの種分化と適応というテーマで博士論文を書き、偶々、広島大学で仕事をすることになりました。
 広島大学では科学技術振興事業団がスポンサーの5年間の時限プロジェクト「森林衰退に係わる大気汚染物質の計測、動態、制御に関する研究」(代表 広島大学総合科学部 佐久川弘)の研究員として、日本のアカマツが人間活動の結果、どのように栄枯盛衰をしてきたか?というテーマで研究を進めました。その中には、大気汚染がアカマツの葉にどのような影響を及ぼしているのか?という研究課題もありました。佐久川プロジェクトには、日本各地の森林衰退を比較研究し、その一般的なメカニズムを明らかにしようという目的があり、丹沢大山のモミやブナ枯れ、乗鞍岳のシラビソやオオシラビソ、広島のアカマツ、屋久島のヤクタネゴヨウ等の衰退現象の研究を各地の研究者と協同して進めていました。屋久島では、熊本県立大学の古賀実さんや福岡県保健環境研究所の永淵修さんが中心となって、大気や水の測定・解析を進めており、冬にはかなり大量の大気汚染物質が屋久島に輸送され、植物に付着しているということが明らかになっていました。しかし、植物関係の研究者が参加していなかったので、私が永淵さんに協力して、アカマツで開発した調査手法を応用してその影響を評価することになったのです。
 最初、屋久島は非常にきれいで、太古の自然とまではいかなくても、撹乱の少ない比較的安定した環境で、大気汚染の影響は少ない、という結果が出ることを期待していました。しかし、結果としてそれらの予測は全く外れてしまい、抜けるに抜けられない今日の泥沼?に入り込むことになりました。
 これまでにわかったことを簡単にまとめると、次のようになります。
●高濃度のオゾン(オキシダント)が、屋久島にも冬季の季節風によって大陸から輸送されており、一週間の平均値が0.08ppmという高濃度も観測されました。これは環境基準(昼間の1時間値が0.06ppm)と比較してもかなり高く、しかも冬に高く(都市部では夏に高くなる)、低標高部でも高く、夜にも濃度が下がらない点でかなり特殊です。このような高濃度のオゾンは大陸の暖房(低品質の石灰)によって生じた大気汚染物質が光化学反応して生成されたと考えられます。(冬の天気の良い日に目がチカチカしたり、アレルギーのような症状がでることはありませんか?)
●オゾン濃度や輸送パターンは、九州大学応用力学研究所の鵜野伊津志さんらの精密な大気モデルによる計算結果とよく一致しています。
●この期間には、ヤクタネゴヨウの葉上には同じく大陸起源と考えられる硫酸イオンが大量に付着しており、細胞からの陽イオンや光合成産物の漏出も急激に増加しています。また、葉からのストレチエンの放出も急激に増加しており、ヤクタネゴヨウの葉、特にその細胞膜がストレスを受けていることが分かりました。葉の光合成速度の低下は著しく、葉の寿命も短くなっています。
●ヤクタネゴヨウがこのような汚染に影響されやすい原因としては
*ヤクタネゴヨウはオゾン濃度が常に高い海上に面した斜面に生えていること。
*突出木で針葉樹を持つため、葉表面にエアロゾルを捕らえやすいこと(比葉面積が大きく。突出しているため境界層抵抗が小さい)。
*冬季の西部林道では降水量は少なく、酸性エアロゾルが葉面に蓄積しやすいこと(毎日、雨が降るような環境なら、エアロゾルの蓄積は大きな問題にはならないと予想されます)。おそらく、ヤクタネゴヨウは屋久島で最も大気汚染の影響を受けやすい植物だと思われます(その次がクロマツ?)
*普通に言われている酸性雨による土壌酸性化は、ほとんど生じないと思われます。ただし、永淵らの渓流水中のSi(ケイ素)のデータによれば、冬季の酸性エアロゾル負荷によって、基岩の風化速度が速まっているようです。
 これらの結果は、冬季の大気汚染がヤクタネゴヨウの衰退を加速させていることをはっきりと示しています。ただし、私はこれだけではヤクタネゴヨウの個体数の長期的な減少の説明がつかないとも考えています。おそらく、斜面の撹乱と植生の遷移の影響が非常に大きいと予想しています。この仮説に関しては、現在、京都大学の大手信人さんと共同で研究中です。また、ヤクスギの更新との共通性についても九州大学の森林計画学研究室と解析を進めています。
 屋久島のこの状況を放って置いてはいけない、という個人的な義務感から、プロジェクト終了後も手塚夫妻の協力を得つつ、永淵さんと手弁当でモニタリングを続けてきました。森林総研関係者をはじめ協力してくれる研究者も増えてきました。今後は、山頂部のヤクスギなどの針葉樹についても複合汚染の影響評価を行うべきでしょう。これらの汚染物質が、枯死には至らないまでも、先端枯れを引き起こしている可能性は高いと予想されます。(先端ではオゾン負荷もエアロゾル負荷も高い)。しかし、私としては本業もあるのであまり規模は拡大できないし、永淵さんも研究員から管理職へ移動させられ職場で研究できなくなってしまい、現状は綱渡り状態です。そろそろ大々的に研究を進めてもいい時期だとも感じていますが、このままではもう無理かな、と少し弱気になりつつあります。何とかしなければいけないのですが……。

久米 篤 KUME Atsusi 九州大学大学院農学研究院森林資源科学部門


パンフレット完成・配布始まる
ヤクタネゴヨウ──その種と文化──

 今号に付録として同封、お届けする「ヤクタネゴヨウ──その種と文化──」が完成しました。このパンフレット製作は、私達の活動を始めて以来の念願でありました。ヤクタネゴヨウと言っても、まずほとんどの人が意味不明で「それ何?」という反応が多く、まず、「ヤクタネゴヨウが、屋久島と種子島、そしてゴヨウは五葉なのだ」を、ひとしきり説明する。五葉といっても、また松には二葉と五葉のものがあることもあまり知られていない。──常に活動の話をする時のマクラとして、この説明を繰り返ししていたのでありますが──、一枚のパンフレットでこれを簡略に伝える媒体を作りたいとかねがね思っておりました。このパンフレットでヤクタネゴヨウについての全般的な基礎知識、ヤクタネゴヨウの種と文化が持つ意味を理解できると思います。現在好評のうちに配布が進み、さらに増刷の必要も生じています。今後教材等に利用したい方にはお送りしますので、事務局までご連絡ください。
 本来もっと早くお届けすべきところ、ヤッタネ!通信の今号の発行と同時に発送しようと思って、通信発行が遅れ、ついつい長引いてしまいました。すみませんでした。
 最後になりましたが、このパンフレットを製作するにあたり、中種子町立歴史民族資料館および西之表市立種子島開発総合センター(鉄砲館)には、貴重な写真や資料を提供していただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

南日本新聞2002年(平成14年)7月14日 日曜日 ──みなみネット──

ヤクタネゴヨウ守ろう
屋久島NGOがパンフ作製

 屋久島と種子島だけに分布する絶滅危ぐ種ヤクタネゴヨウの生体木調査を行っているNGO(非政府組織)の「屋久島・ヤクタネゴヨウ調査隊」が、ヤクタネゴヨウを広く知ってもらおうとパンフレットを作り、無料で配り始めた。
 パンフレットはA3サイズの両面カラー。屋久島環境文化財団の環境保全活動支援事業を受け、3,000部作製した。ヤクタネゴヨウの生態や保全活動のほか、丸木舟に使われた歴史も紹介している。上屋久町宮之浦の屋久島環境文化村センターなどで入手できる。
 ヤクタネゴヨウはレッドデータブックで絶滅危ぐ1B類に指定されているマツ科の日本固有変種。屋久島に1,000〜2,000本、種子島には100本程度しか残っていないという。同調査隊は1999年に結成。毎月第3日曜に有志が集まり、今年3月までに延べ340人が参加して600本以上の生体木を調査、位置図を作製している。
 手塚賢至代表は「屋久島は豊かな自然といいながら、絶滅の危機にある種もある。それを後世に残すことが活動の目的。そのために広く知ってもらいたい」と話している。

 7月3日、上屋久町宮之浦の(財)屋久島環境文化財団へ完成の報告を行いました。このパンフレットは財団が毎年公募する「環境保全活動支援事業」の助成を生かし作成したものです。助成金だけではまかなえず、調査隊の自己資金からも捻出しました。


ヤッタネ!調査隊「ヤクタネゴヨウ
増殖・復元緊急対策事業」に協力!

 九州森林管理局による「ヤクタネゴヨウ増殖・復元緊急対策事業」とは、林木育種協会を実施母体として平成12年度より取り組まれている事業です。この事業検討委員会(座長:山本千秋)には当調査隊代表も検討委員として出席し、議論に加わってきました。この事業は、現存しているヤクタネゴヨウの成木から採取した穂木を台木に接木し、その育った苗から、遺伝資源保存林と採種園を作り、ヤクタネゴヨウの種の保存を計るというものです。今年1月28日〜2月8日にかけて、屋久島と種子島において採取作業が行われ、屋久島で107個体、種子島で70個体より穂木が採取されました(1個体より穂木は約30本採取)。現在、これらの穂木は接木され、熊本の育種場で育苗中です。
 穂木採取は、この事業計画の中で最も重要な、根幹をなす作業といえます。新しい穂木を効率よく、そして遺伝的多様性を求めてより広範囲な自生地より採種するためには、現地を熟知し生存個体の位置データを持つヤッタネ!調査隊の参加と協力は欠かせぬものだったでしょう。屋久島での作業において、自生地と個体の選定、現地の案内と作業補助等に、ヤッタネ!調査隊のこれまでの蓄積の成果が十分に発揮されたと思います。
 ここに、ヤッタネ!調査隊員斉藤俊浩さんのレポートを添えて屋久島での穂木採取の一端をお伝えします。尚、次号にこの事業計画の新たな展開を含めて、小特集する予定です。

ヤクタネゴヨウ穂木採取に参加して

 「おお、これはいいですねえ」林木育種協会の石井さんが枝から採ったばかりのヤクタネゴヨウの穂木を手にしながら嬉しそうな声をあげる。種苗のことには素人の私でも、その穂木は、色や葉のつき具合、伸び具合からみて「なるほど」と思える程元気で、そんな穂木に出会うと不思議とこちらも元気が出てくる。──そう、元気は伝染するのだ。
 しかし、その様な元気な穂木が沢山ある訳ではもちろんない。絶滅危惧種とされ、現存するヤクタネゴヨウのうち、生命力のある成木は、多いとはいえない。そしてその成木からも、陽当たり等の好条件で育った元気な穂木となればやはり数は少ない。それがさらに、これは人の都合ではあるが、木に登って高枝きりバサミで届く範囲のものしか採取できないのだから、元気な穂木が手に出来れば、自然と笑顔になるのだ。
 今回の事業の目的は穂木を接木で育ててヤクタネゴヨウを増殖するというものだが、そうは言えども一本の個体から余り多くの穂木を採取すれば、その個体自体が死んでしまい、本末転倒となってしまう。その加減、つまり「いい加減にする」ことが、ヤクタネゴヨウ調査隊にしか出来ない役割だったように思える。島全体の分布状況、どんな個体がどの位置にあるか、地形やルート、屋久島の天候の傾向等が地道な調査によって把握されているからこそ、「この木からこのくらい穂木をとればいい加減だろう。」と判断できたように思う。継続が力になった良い例だ。
 森に入っての作業には、当初、不安要素が多かった。枝を採るのに必要最低限の道具は何だろう?連日の入山に体力はもつだろうか?等。初めての事業に、お互い初めての人達と初めて森に入るという「初めてづくし」の不安があったのだが、日を追うにつれてお互い作業にも慣れ、気心も知れ、冗談ばかり言い合えるほど和やかな雰囲気のまま、無事に作業を終えることが出来て幸せだった。
 この事業の成功は、穂木から接木苗を育てて種子を採り、それが育って成り立つものだが、私個人としては、あのヤクタネゴヨウの穂木から元気を伝染された時点で既に「大成功」であり、大変満足している。この場を借りて皆様に心よりお礼を申し上げたい。
 元気が、皆様に伝染します様に……。

ヤッタネ!調査隊員 斉藤 俊浩


今年も参加しました学会発表
第113回日本林学会新潟大会

 4月1〜4日まで新潟大学で開催された第113回日本林学会大会で、ヤッタネ!調査隊のこれまでの成果として「屋久島西部林道沿いにおける絶滅危惧種ヤクタネゴヨウの分布(2)」と題しポスター発表を行いました。
 この学会には、手塚賢至と金谷整一が参加してきました。今回は金谷が学会事務局の仕事で席をはずしていたので、手塚が孤軍奮闘!発表が終わる頃には、緊張のためノドがカラカラ。
 今回は2回目ということもあり、多くの研究者が興味を持って聴きに来て下さいました。みなさまから今後の調査隊の発展に大いに期待がよせられ、とても充実した発表になりました。
 新潟といえば酒どころ。学会発表が終わった後の楽しみは、もちろん新潟名産の日本酒の数々。それに加えて、日本海の海産物。新潟が初めての賢至と3回目の金谷は、すっかり新潟の味を堪能してきました。ごちそうさまでした。


風媒花伝
ヤッタネ!調査隊活動記録

定例調査
1月21日・1月27日・2月13日・3月31日・5月19日・7月21日・9月15日・10月20日・11月17日(4月・6月・8月は雨のため中止)

種子島調査
11月23日〜25日
スライド講演会 11月23日
自然観察会 11月24日

林木育種協会穂木採取
1月28日〜2月5日

研究協力等(森林総合研究所)
開花調査 5月12日〜23日
球果調査 9月2日〜19日・10月4日・5日・21日・22日・11月12日〜22日

お知らせ
12月の調査は16日(月)
2003年2月 種子島にて調査・講演会・交流会の予定。参加希望の方は事務局まで

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

《編集後悔記》

 前号6号は、はるか1年前の12月25日発行である。その編集後悔記に──少なくとも年4回の発行を肝に銘ずる──などと、ぬけぬけと書き付けてある。厚顔なるかな、やっと年1回ぽっきりのていたらくと成り果てた。出来ぬ明言などすべきでないなあと、又しても肝に銘ずる私である。さすがにここまで通信発行が遅れてしまうと、我ながらぐうの音も無く、すべての言葉を押しこめてただ恥ずかしいという一言が最もふさわしい今の気持ち。しかしこの沈殿の沼底に身を置いてばかりでは先に進めない。さてや、空元気だけでも取り戻して……。
 巻頭の久米篤さんには特に伏してお詫びせねばならぬ。多忙を承知で原稿の催促をしていてこの有様なのだから。内心怒りに燃えておられたことだろう。スマヌ、クメサン!穂木採取のレポートを寄せてくれた斉藤俊浩さんにしても又しかり、ゴメン、サイトウクン!
 それからヤクタネゴヨウパンフレット。これも出来上がり次第すぐさま通信に同封してお届けするつもりが、ついに年末まで延びてしまい、いささか鮮度が落ち気味となった。無念!このパンフレットについては完成後訂正箇所が3つ発覚。これには監修者に責任はありません。最終校正で間抜けな事務局が見抜けなかったのです。手にとって御覧下さい。そして訂正してください。まずいきなり表紙に大きな間違い。ヤクタネゴヨウの学名Pinus armandii ver. amamianaとありますが、このverをvarに。その下の説明文の下から2行目、2001年環境省編を2000年環境庁編に訂正します。いやはやこれだけでも大いに冷や汗かいての告白なのですが、つい先日もう1箇所見付けてしまいました。最終ページ、屋久島の自生地ガイドマップ中、地図上の2砂沙岳を破沙岳に。写真付の説明文には正確に破沙岳となっているのに、地図の間違いに気づかなかったようです。
 さて、次号の発行期日はもう、とても明言しませんが、次号では「ヤクタネゴヨウ増殖・復元緊急対策事業」(4ページ参照)について取り上げます。私は先月11月12日熊本県西合志町にある林木育種センター九州育種場を訪ねました。今年1月〜2月に屋久島・種子島において採取された穂木により接木された苗がどのような生育状態にあるのかを確かめたかったのです。この事業全体のあらましと、今後の計画の課題点について考えてみます。私自身事業の検討委員の一員としてヤクタネゴヨウにかかわる地元民の立場と責任においてこの事業の行く方はしっかりと見定めていたいと思います。
 11月には種子島に遠征しました。そして、ついに種子島にも調査隊が発足。ヤッタネ!の輪が広がります。このレポートも次号にて。……2月ぐらいには……(鬼笑う)
 まだまだ調査は続きます。引き続き皆様の暖かいご支援をお願いします。──手塚 賢至──



ウェブマスターより
 このページは「ヤッタネ!通信7号(A3サイズ印刷物)」をもとに編集したものです。写真、図、イラスト等は割愛させていただきました。印刷物の入手につきましてはメール等にてお問い合わせください。

ヤッタネ!調査隊トップページ