朝日新聞 2011年7月4日
なぜドイツは原発を止められたのか

 「脱原発」へかじを切ったドイツ。2022年までにすべての原発の閉鎖を政府に勧告した諮問機関「倫理委員会」委員のミランダ・シュラーズ・ベルリン自由大学教授が6月に東京都内で講演した。主な内容を紹介する。
 17基の原発があるドイツでは2002年、シュレーダー政権が22年までに原発を全廃することを決めた。メルケル政権は昨秋、原発の稼働期間を34年まで延長したものの、福島の原発事故後、地方選挙で反原発を掲げる緑の党が大躍進した。政府は原発の是非を諮問する倫理委員会を立ち上げ、「10年以内に脱原発が可能」との提言を受けて、22年までに全ての原発を停止することを決定した。
 原発事故が起きた日本より、ドイツでのインパクトの方が大きいのはなぜか。
 背景には、1986年に旧ソ連(現ウクライナ)で起きたチェルノブイリ原発事故がある。1000キロ離れていたドイツにも雨などで放射能が届き、1年ほどは「子どもを外で遊ばせない方がいい」「野菜を食べない方がいい」といった騒ぎが起きた。
 また、米ソ冷戦の時期で、西ドイツに米国のミサイルを置くという議論があり、第三次世界大戦が起きたら、ドイツがグラウンド・ゼロ(爆心地)になる、という懸念もあった。
 こうしたことから、ドイツの市民運動は反原発運動とリンクし、放射性廃棄物の輸送などに反対するデモに何十万人もの人が参加。原発に反対する国際環境保護団体「グリーンピース」のメンバーは30万人にものぼる。日本の数千人とは桁が違う。原子力を支持している人も人口の約1割と低い。
 また、ドイツではチェルノブイリ事故後に「脱原発」を掲げる緑の党が、得票率を増加させた。緑の党はこれまで議席の数パーセントしか占めない小政党だったが、1998年から2005年まで社会民主党と連立を組んで政権に入った。この時期に、脱原発政策が決まり、自然エネルギー法ができるなど、緑の党がドイツのエネルギー政策に及ぼした影響は大きい。
 原発の是非を諮問する倫理委員会には、元環境相やドイツ研究振興協会の会長、カトリック司祭、財界人、消費者団体など17人の委員がいたが、原子力の研究者は1人もいなかった。どのようなエネルギー政策を求めるかは、社会、消費者が決めるべきとの考えからだ。
 原発容認派と反対派が半々くらいだったが、いつかは原発を廃止した方がいいという点で一致した。問題が起きた時のリスクが、ほかのどのエネルギーよりも大きく、国境を超えて世界に影響を与え、放射性廃棄物という問題も次世代に残してしまうからだ。原子力は倫理的ではないエネルギーだ、と委員会は判断した。
 ただ、いつまでに原発を廃止するかという点については、2035年までという立場の人や、明日にでも、という人もいて、合意に至るのが難しかった。
 メルケル首相には、原子力はもちろん、CO2を排出する火力も減らすべきだと提案した。ドイツは苦労するだろうが、今それをする必要がある。
 そして、再生可能エネルギーに投資すべきだ。1990年ごろ、ドイツで再生可能エネルギーはほとんどなかったが、固定価格買い取り制度を導入した結果、現在では電力生産量の17%を占めている。2022年までに35%に増やすという政府の目標を達成するのは、そう難しくないだろう。
 ドイツが原発を廃止しても、隣のオランダが国境近くに原発をつくる計画を打ち出し、フランスにも多くの原発があるから意味がない、という声も聞く。温暖化対策にしても、ドイツは世界のCO2の3%くらいしか排出していないので、どんなにがんばってもほかの国が削減しなければ意味がないという議論もある。だが、そういう考え方を持つと、何も変わらない。ドイツが自然エネルギーで成功していい例を見せれば、新しい経済、産業モデルを見せることができ、他国もそれを採り入れるだろう。

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