出動のための心得

 救助犬を育成することの意義は、愛犬を訓練してその性能を最大限に引き出すこと、愛犬の訓練性能を向上させるための研究をすること、救助犬の広報・宣伝をすることなど、いろいろと考えられますが、最も大きな意義は、災害、遭難が発生した時に出動し、人命を救助することでしょう。ここでは、非常時に出動して捜索するための心得を解説していきます。

 出動に先立ち、まずはチーム編成を整える必要があります。捜索隊の人数にもよりますが、捜索隊長、実働チーム、情報収集係、記録係などを決めることで、捜索をスムーズに進めることができます。捜索時にはチームワークがとても重要です。そのためには普段から仲間同士連絡を取り合い、お互いに理解を深めていくことが大切です。

 出動時において、人間側の最も重要な仕事は、災害(遭難)現場の状況把握です。
 地震の場合には余震が起る可能性もあり、倒壊家屋等は更に崩れる恐れがありますので、現場での行動には細心の注意を払う必要があります。
 捜索対象者が特定の個人の場合、対象者がどのような行動をとって行方不明になっているのか分れば、捜索に大きく役立ちます。そのためには、対象者の家族、知人から情報を得ることが重要です。情報収集係が収集し、記録係がまとめます。

 広範囲の捜索が必要な場合には、捜索範囲の地図を用意し、行方不明になった可能性が最も高いと考えられる地点を中心に一定の間隔(50メートルおき程度)で同心円を描き、内から外に向けて円を膨らますように捜索していきます。記録係は、地図の捜索した範囲を塗り潰していきます。

 救助犬は浮遊臭を取るように訓練された犬です。複雑な地形では、対象者からのにおいが一旦上昇し、離れた地点に落下して、そこで犬が反応することも考えられます。誰もいないところであっても犬の反応を見逃さないことと、空気の流れを読んで捜索することが重要です。

 警察、消防等、他の機関と合同で捜索する場合には、他の機関との連携が重要です。例えば、瓦礫の下敷になっている被災者を発見しても、危険な瓦礫を取り除くのは消防等に任せることになるでしょう。また被災者(遭難者)が衰弱していたりけがを負っている場合には応急処置を施し、速やかに医療機関に連絡することが必要です。
 ただし捜索においては、他の機関が「ここは既に捜索済み。こちらには行く筈がない。」等と言ったとしても、それは参考に留め、「救助犬による捜索は別。迷えばどこに行くか分らない。」と考えることが重要です。

【服装】
 瓦礫捜索、原野・山岳捜索においては身体を保護し、かつ動きやすい服と履物。火災現場においては難燃素材の服と履物。その他帽子、ヘルメット、手袋(軍手)、眼鏡使用であれば眼鏡ストラップ等、現場に適した服装。

【準備する物】
 無線機、地図、方位磁石、GPS、リュックサック、レインウェア(上下タイプ)、ヘッドライト、非常食、テント、シュラフ、マット、食料、食器、ガスボンベ、バーナー、ライター等、現場の状況や捜索予定期間に応じて準備。

【保険】
 指導手のけがに備え、傷害保険に加入しましょう。また指導手や犬が他人に危害を加えた場合に備え、賠償責任保険に加入しましょう。不本意であっても、他人が犬に驚いてけがをしたり、指導手による被災者の誘導ミスや、瓦礫を取り除こうとして被災者にけがを負わせたりする可能性が考えられます。出動時だけでなく、訓練中に犬が勢い余ってヘルパーにけがを負わせたり、メガネを壊したりする等の事故も考えられます。賠償責任保険はそれだけで加入するタイプもありますが、自動車保険等の特約として「日常生活賠償」を付けられるタイプもあります。

【免許・資格等】
アマチュア無線
 アマチュア無線は非常時にきめ細かい情報伝達手段の機能を発揮することが可能です。阪神大震災では、他の通信手段が使用不能となる中で大いに役立ちました。救助犬の訓練においても、指導手とヘルパーが遠隔で連絡を取り合うことにより、適時に犬を誘導する等、効果的な訓練を行うことが可能です。
 アマチュア無線機器を運用するためには、機器に応じた無線従事者免許証および無線局免許状を取得する必要があります。
 アマチュア無線の資格取得から開局・運用まで

【指導手の自己管理】
 いつ起るか分らない緊急事態に落ち着いて行動するためには、日常生活においても不摂生をせず、心身ともに健全な状態に保つことが重要です。
 特に山岳捜索においては体力と共に高度な技術を要することもあり、日頃から鍛錬しておく必要があります。
 出動時の飲酒は正常な判断を欠く恐れがあるため厳禁です。

【犬の管理】
 法律に基づいた登録および狂犬病予防接種をし、適切な健康管理をしていることが必要です。
 訓練は毎日の積み重ねが大切です。第一に、実地での捜索を可能にするために、災害、遭難が起るあらゆる場面を想定して訓練を積んでいく必要があります。第二に、なるべく多くの人に接して友好性を養うことが必要です。

【ファーストエイド(応急処置)】
救急法
 救急法を知識として得るには、本やインターネットによる情報が役に立ちますが、知識だけでは実際には使えません。日本赤十字社では教材費のみで救急法の講習を受講できます。
救急法について記された本、ウェブサイト
 最新図解 救命・応急手当の手引き ホーム・メディカ 安心ガイド
 救命救急マニュアル+中毒対処法──知っておきたい!応急手当てと処置法
 救急法の達人
テーピング
 捻挫、脱臼、骨折等の応急処置として、テーピングは大変役に立ちます。例えば肩を脱臼した場合には、そのままでは痛くてまともに歩くこともできませんが、腕を身体に固定してテーピング(服の上からで構わない)することで、自力で歩くことが可能になります。テーピングは経験豊かな柔道整復師(整骨院・接骨院の先生)から習うのが良いでしょう。
危険生物
 ハチ、毒ヘビ、ムカデなどの危険生物に対して正しい知識を持って備えましょう。
 日本ではスズメバチによる事故が多く、特に2回目に刺された場合、アナフィラキシー(アレルギーによるショック症状)が出る可能性もあるので油断できません。アナフィラキシーを緩和する薬剤にエピネフリンがあります。体重15kg以上の小児から成人でアナフィラキシーの既往のある人、またはアナフィラキシーを発現する危険性の高い人は医師の診察を受け、処方箋の交付を受ければエピペン(エピネフリンと注射針が内蔵された自己注射製剤)を購入することが可能です。エピペンは食物や薬物など、ハチ毒以外の原因抗原に起因するアナフィラキシー反応にも補助治療薬としての使用が認められています。
 エピペン注射液(アナフィラキシー発現時の補助治療薬)
 参考までに、犬にもアナフィラキシーはあります。特にワクチンの不純物によるものが多いようです。ワクチン接種の後、様子がおかしかったらすぐに獣医に診せたほうが良いでしょう。もし犬がアナフィラキシーを起した場合、そのワクチンは再接種してはいけません。2回目ではもっと激しいアナフィラキシーが起る可能性があるからです。また2週令より若い子犬、妊娠中の犬、免疫抑制療法中の犬、麻酔した犬にもワクチンを打ってはいけません。
 毒ヘビに咬まれた時は安静にし、足や腕であれば咬まれた所より心臓に近い方をきつく縛って止血し、30分以上血と共に毒を吸い出します。30分たったら縛った所を緩めないと血が通わず壊死を起すので注意してください。病院に行ったらアレルギーの有無を伝えて血清を打つかどうか相談しましょう。血清を打つことで却って危険な状態になる場合もありますし、再度咬まれた時には血清が効かないこともあります。身近な毒ヘビでは、ニホンマムシが北海道から大隅諸島まで分布し、ヤマカガシが本州から大隅諸島、朝鮮、沿海州、台湾、中国などに分布し、ハブの仲間がトカラ列島、奄美諸島、琉球諸島(一部を除く)、台湾、中国南部、インドシナ半島北部などに分布しています。


ニホンマムシ(赤褐色型)
 
ニホンマムシ(黒褐色型)
 
ヤマカガシ

 沖縄県衛生環境研究所(「生物生態」のページにハブの情報が掲載されています)

 ハチ、毒ヘビ、ムカデなどの毒は、基本的に蛋白質で構成されています。毒がまわる前に、蛋白質を凝固させる作用があるタンニンで傷口を洗浄することも、有効な応急処置です。ただしハチ毒にはヒスタミン、ブラジキニン等、タンニンでは凝固できない毒も含まれています。

柿タンニン、注射筒、洗浄針(21G・先端鈍円)
 
毒を吸い出す道具、ポイズンリムーバー

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